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若宮啓文

無能なサヨク工作員を中国が粛清か?朝日新聞・元若宮啓文主筆が北京で不審死

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1: 〈(`・ω・`)〉Ψ ★ 2016/04/29(金) 07:31:08.42 9.net
 朝日新聞社で論説主幹や主筆を歴任したジャーナリストの若宮啓文(わかみ
や・よしぶみ)さんが28日、訪問先の北京市内のホテルで亡くなっているのが
見つかった。68歳だった。シニアフェローを務めている公益財団法人・日本国際
交流センターから家族に連絡があった。現地の警察当局によると、外傷はなく、
病死とみられる。北京で28、29両日に開かれる日中韓3カ国のシンポジウム
に出席するため滞在していた。
 27日、ソウルから北京入り。同センターのスタッフと北京で合流したが、同日
夜から体の不調を訴えていたという。28日昼過ぎ、電話をしても応答がないことを
不審に思ったスタッフがホテルの従業員と部屋を確認したところ、浴室で倒れて
いた。
 1970年に朝日新聞に入社。長野支局時代に、部落差別の現状を伝える連
載キャンペーンを展開。加筆して著書「ルポ現代の被差別部落」を刊行した。
 75年に配属された政治部では、宮沢喜一氏らの宏池会などを担当した。
 2002年に論説主幹に就くと、「闘う社説」を掲げる一方、国際社会の中で
日本がとるべき針路を改めて問うた。07年の憲法記念日に21本の社説を
一挙に掲載した「提言・日本の新戦略――社説21」を主導。憲法9条は堅持し
つつも、新しい平和安全保障基本法で自衛隊の役割を位置づけるべきだと
主張した。
 小泉純一郎首相の靖国神社参拝では、読売新聞の渡辺恒雄主筆と雑誌
「論座」で対談。両紙を代表する2人が足並みをそろえて「参拝反対」を訴えた。
 12年3月には、大統領復帰直前のロシアのプーチン首相と海外主要紙幹部
とともに会見。日ロ間の領土問題について、プーチン氏から「引き分け」で解決
しようとの発言を引き出した。
 朝日新聞退社後も追い続けたのは、日本の保守政治の「アジア観」だった。
 日韓国交正常化50年の昨年、旧著に加筆して「戦後70年 保守のアジア観」
を出版。昨年度の石橋湛山賞を受賞した。日中韓を中心とする国際交流に尽く
し、韓国の大手紙・東亜日報にもコラムを書いていた。asahi.com
http://www.asahi.com/articles/ASJ4X6CTHJ4XUHBI022.html

引用元スレッド:http://anago.2ch.sc/test/read.cgi/dqnplus/1461882668/ 続きを読む

【東亜日報】若宮啓文・前朝日新聞主筆「朴槿恵大統領様、産経記事や独島領有権の決着はついています。多くの日本人も産経に批判的で名誉棄損罪を使うまでもありません」

1: 雨宮◆3.yw7TdDMs 2014/10/23(木)18:22:05 ID:9D1mD4oLv
拝啓 朴槿恵大統領

さて、突然お便りを差し上げたのは、そんな日々の中、大統領が心の余裕を失っておられるのではないかと心配になったからです。
外でもありません。産経新聞ソウル支局長が名誉毀損罪で起訴されたことです。

いえ、私とて産経新聞デジタル版のあの記事に、大統領が怒りをたぎらせたことはよく分かります。
よりによってセウォル号事件が発生したその日に公務を放り出し、男性と密会していたのではないかと、
根拠薄弱な噂話を書かれたのですから。「韓国と結婚した」と公言する大統領の無念は想像に余りあります。

実は、一国の元首に対して何とも失礼な記事だと感じていた日本人は多かったのです。
まるでゴシップ週刊誌の記事みたいだと、恥ずかしさを口にする人もいました。
その後に記事が事実無根とはっきりしてみれば、なおのことでした。

ところが、です。筆者のソウル支局長が告発され、刑事的な捜査対象になると、空気は変わりました。
記事になった噂話はもともと韓国の新聞が書いたのが発端でしたし、
この記事が犯罪になるとまでは私にも思えません。産経新聞とは対極的な立場にある朝日新聞すら、
社説で韓国に懸念を伝えました。

にもかかわらず、韓国の検察庁は起訴に踏み切ったのです。被害者である大統領の同意があったからに違いありません。
これは「報道の自由」を公権力で侵す行為だとして、日本の報道機関は一斉に反発し、日本新聞協会は大会で抗議の決議をしました。

何だか妙な展開になってしまったとぼやく日本の記者たちの声を耳にします。報道の自由や民主主義をかざして戦うにしては、
あの記事が余りにつまらないものだからです。
産経新聞社が発行する夕刊紙が日ごろ「嫌韓」報道の先頭を走っていることに、眉をしかめる人も多いからです。
なのに、韓国が起訴に踏み切ったため、産経新聞が被害者になってしまったのです。

逆に、韓国は言論を厳しく弾圧していた古い時代を思い出させ、国際的イメージダウンにつながりました。
せっかく首脳会談の実現に向けて少し動きだしていた日韓外交も水を差されました。

私は、大統領が野党の党首だった2006年に来日した折の記者会見を思い出します。
「竹島(独島)問題を解決するには」という質問を受け、どう答えるか、皆がかたずを飲んで見守る中、
あなたは笑みをたたえてたった一言。「日本が独島を韓国の領土だと認めてくだされば解決します」。
当時、盧武鉉大統領がこの問題で激しい日本批判を展開していたのとは対照的に、韓国の原則を述べつつ軽くかわす余裕がうかがえ、
日本の記者たちからは笑いが漏れて終わりました。

大統領、どうかその余裕、ユーモア感覚を思い出していただきたい。問題の記事に関する勝負はすでについていたのですから、
公権力を振るうに及びません。裁判で、もし無罪となれば検察も大統領も面子がつぶれます。
有罪となれば韓国の国際的なイメージはまた落ちるでしょう。どちらに転んでも、韓国にとってよいことはない。
名誉毀損罪を乱用することで毀損されるのは韓国の名誉、そして大統領の名誉ではないでしょうか。
おっと、私もこんなことを書いて、大統領の名誉を傷つけたと思われるかも知れません。失礼の数々、どうぞお許しください。

若宮啓文(日本国際交流センター・シニアフェロー、前朝日新聞主筆)

http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2014102311238
引用元スレッド:http://awabi.open2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1414056125/ 続きを読む

【前朝日新聞主筆】若宮啓文「中韓日三兄弟の次男である韓国。長男・中国へ示す寛容さを三男・日本にも示すべき」

【東亜日報】若宮啓文「中韓日三兄弟の次男である韓国。長男・中国へ示す寛容さを三男・日本にも示すべき」
1: 雨宮◆3.yw7TdDMs 2014/07/03(木)19:21:18 ID:tmrDCp5yl
[東京小考] 三兄弟、長い葛藤の物語 JULY 03, 2014 04:06

昔昔、ある村に三人の兄弟が隣り合わせて住んでいました。長男は子供のころから漢字をはじめ、
多くのことを弟たちに教えました。末っ子は勉強好きな次男にもいろいろと習って育ちました。

そんな兄弟たちを恐怖に陥れたのは、外から肌の色の違う人々が入ってきてからです。
長男が痛めつけられるのを見た末っ子は、いち早く外から多くを吸収し、喧嘩の仕方も鍛えました。
兄たちにも影響を与えたのですが、やがて次男を守ってやるといって強引に敷地を占領し、
自分の家にしてしまったのです。

思い上がった末っ子は、長男にも挑みかかりました。一家の支配を狙ったのです。
激しい兄弟喧嘩になりましたが、末っ子が隣村のボスまで敵にしたのが運のつき。
結局はボスにこっぴどく殴られ、家も焼かれてしまったのです。

でも、次男には次の悲劇が待っていました。
実は、次男には問題児となって家出した双子の弟が北方にいて、彼が殴りかかってきたのです。
血みどろの喧嘩になり、やはり隣村のボスに救われたのですが、そのとき喧嘩に加わって次男を苦しめたのが長男でした。
隣のボスと反目していた長男は、北の問題児とすっかり仲良くなっていました。

そのころ末っ子はこの喧嘩を横でながめながら、商売繁盛の道を歩んだのですが、
それでもボスの後ろで何かと手伝い、次男を応援しました。そして、長い話合いの末、
やがて次男と仲直りし、破壊された家の再建に協力します。かつての恨みが消えなかった次男も、
豊かになった末っ子と手を結んで力をつけるのが得策だと考えたのです。
こうして次男も見違えるように元気になり、家も立派になって行きました。

時代は進み、末っ子は長男とも劇的に仲直りします。長男も貧しさから脱するには、
やはり末っ子の協力が必要だったようで、しばらく蜜月の関係が続きました。

ところが、さらに時代は変わります。反省ばかり求められてきた末っ子には自尊心もあり、
反発の言動が出てきて二人の兄を怒らせます。敷地の境界争いも火を噴き始め、
二人は末っ子と目も合わせぬまま、一緒に「過去」を突きつけるようになりました。

兄たちにとっては、なかなか過去の傷が癒えないのですが、「反省しろ」「謝れ」と言われ続けた末っ子も心の傷がうずきます。
「いつまで謝ればいいのか」「仲直りして、あれだけ協力したのに…」と。

さて、商売の成功とともに昔日の栄光を取り戻したい長男は、せっせと腕力も鍛え、
村の内外から警戒と反発を買い始めました。これに対抗しようと、
末っ子はボスのご機嫌をとり、ボスの危機には駆けつけますと言い出します。
喧嘩は一切ごめんだといってきた末っ子の変身は、また兄たちの警戒を招きました。

自分が人にされた恨みはよく覚えているのに、人を傷つけたことや、してもらった恩は忘れてしまう。
そんな人間が多い中で、次男が長男に示す寛容は見上げたものでしょうが、それだけなら長男の思うツボ。
その寛容を弟にも示しつつ、みんな謙虚に仲良くしようと旗を振れば、
次男の株は大いにあがるでしょうに、さてどうなりますか…。

(若宮啓文 日本国際交流センター・シニアフェロー 前朝日新聞主筆)

http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2014070331558
引用元スレッド:http://open01.open2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1404382878/ 続きを読む
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